寝ても覚めても

を観た日に付き合っていた人と友達に戻った。というか戻ることができた。

すごい映画だ。


満席の映画館の中で1つだけ空席があって、

本当はそこにその人が座っているはずだったのだけども。


わたしは自分のために泣いたり、自分のために誰かに甘えたりしたいんじゃないな。ごめん、って言いたくないし。誰かのために泣いて、笑ったりしたい。


見るものとみられるもの、思うものと思われるもの、それが逆転し、思わぬ立場に自分がなることもあるのだなと。


映画の感想書きたいけど観たら話し合いたいからみんな見てください。ラブです。


これから友達も大事にするし、

散歩するだけでさいこう!!!ってなれるくらい人を思ってみたいな。人に興味持つぞ。





すきなひと

わたしの性的指向は男性と女性、バイセクシュアルだ。

性的マイノリティのコミュニティには殆ど参加したことはなく、

男性が私の”好きな人”になる機会は当然多いけど、

恋をする相手への条件は”かわいい””走って会いに行きたくなるときがある”くらいで、

男だろうが女だろうが、そうでなかろうがどうでもいい。

 

今日は少しまじめなことを書くけれども、動機は単純・明解・旬なネタです。

 

「生産性がない」のやつを読んで、私はぶち切れてしまったんですけど。

いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて生きるのさ

それだけがただ僕らを悩める時にも未来の世界へ連れてく~~って信じてたのに!!!!!

 

性を自認することは、ただただ自分について考えた結果であって

わからなくたって(クエスチョン)悪じゃないですよね。

 

必要なのは、自分たちを認めてくれる”制度”でも、援助してくれる”お金”でもなくて、

ただ知識を得て、あなたとわたし、どちらが優性・劣性なんて分けない社会な気がする。社会ってなんかな、重い腰をよっこらせってして、耳を傾けて思考してくれればいいだけなんだけどな。

 

難しいことは書くのが苦手なんだけど、全然不幸じゃないです。”少数派”と呼ばれる性自認性的指向に”気が付いた”ことは。

 

これまでの地球の”普通”からはずれることはたしかに”不安”だし、

当事者だってよくわかんないんですけど、

”不安”を消すのにはまず、”普通”を変えていかなきゃいけない気がする。

 

 

わたしは、好きな人沢山います。

好きな男の子も女の子も。恋するの好きです、

ほんとに好きなのかどうかいつもわからないからウーンってなったりね。

でも、その記憶とか感情は今の自分を形どる大切な要素です。

 

だから好きな人は好きでいさせてください!!!!!!!!みんなに!!!!!!

 

2017

もうすぐ今年が終わる、2016年は劇的な年だった、でも今年も負けず劣らず、劇的だった。


わたしは東京から仙台に引っ越し、大学生じゃなくなった。

映画がたくさんの人にみてもらえて、嬉しかったな。


なにかに負けたくなくて、自分にしてはとても映画館に通うようになった。もっともっと前から、たくさん映画を見ていれば良かったよ。

出会うのが遅すぎた。



この前観た映画の主人公に似てると言われた。自分は博愛主義かと思ってたけど違うのかな。似てるけど同じじゃないしなあ。





早く寝たいな、早く映画撮りたいな、負けたくないな、仕事も沢山したいな、慣れたい、負けたくない、みんなのこともっと今以上に好きになって、みんなに好きになってもらいたいな、お母さんとかぜんぶ。

???

向いてないんじゃないか、とかの1ヶ月くらいど凹みしてましたが、立ち直り、連勤を乗り越え、連休に入り、なんだかんだ明日からまた仕事が楽しみだったりしている。

昨日、「先生!、、、好きになってもいいですか?」を観たら、イライラしたけど、好きと言わざるをえない映画で、圧倒的広瀬すずだったのでみんなみてほしい。初恋とか処女とか、わたしの弱いところがたくさん詰まっていた。



ドキュメンタリーという手法を用いて、ノンフィクションという体裁で、誰かを、親しいとは言えない誰かを主人公にするのって、人殺しみたいな気持ちになる。そんな気持ちに怖気付いて、わたしはうまくできない。
だって本当と違うじゃないですか、と言いながら、どこかにある本当を掬い取れる切り口を探すことを怠っている。


きちんと撮れるかわからない映画の話をこそこそと書きながら、誰かが自分の欠片を、映画にしてくれたらいいのになとも思う、散漫、ぐう…

山形国際ドキュメンタリー映画祭

に参加して、色々と思うことがあったので書きます。


まずはじめに、観た映画と参加した企画をザッと羅列すると

「ウラーッ!」

「マルセル」「チコレ」「ベルンハルト・ルジンブール」


「ニンホアの家」

「機械」

「ディスカッション:テレビドキュメンタリーの現場から東日本大震災を考える」

「夜明けの夢」


「猫、犬、動物、そしてサシミのこと」

「ドロガ!」「ディスインテグレーション93-96」

「創造の発端」「肉屋の女」

「BETWEEN YESTERDAY &TOMMOROW Omnibas 2011/2016」


「ユース・ラフカット!」

「このささいな父の存在」

「孤独な存在」


ひとつひとつ、感想を書けば途方もなく、寝てしまったものもあるので書きません。


でも、わたしは「撮る必然性」がその人にある映画が好きなんだと改めて思いました。

その気持ちが突き刺さるほどに伝わってきたのは「孤独な存在」でした。

特別な話は何も起きない、それでも距離とまなざしが、あんまりにも切なくて、ずっと釘付けでした。

あの映画は、今の、シャー・チン監督にしか撮れない唯一無二の映画でした。わたしは映画も監督についても詳しくないけれど、それでも伝わる、すごい映画だった。



自分の上映も、たくさんのお客さんが来てくださって、本当に嬉しかった。そして、その中でも(ティーチインが併映なので2本番分、40分もある中残ってくださって)言葉を直接伝えてくださった方々には、感謝しきれません。


「距離」の話をしてくださった方がいて、わたしはこの数日間その距離について、仕事中の取材でも意識してみたのですが、映画の妙はそこにある気がしました。

そして今作り始めた映画も、モロに距離の映画で、自分が作るの見るのも、一番は距離に興味があるのだと実感しました。





あとひとつ、ユースラフカットの時に、声をかけてくれた高校1年生の女の子がいました。丁度、わたしがドキュメンタリーを撮り始めたのも15歳、高校1年生の頃でした。

私はあんまりはじめはドキュメンタリーに興味がなく、はじめに作ったやつはヤバイに尽きるけれども、初めてDVカメラで学校の脇の桜を撮った時、すごくすごく楽しかった。


映画を撮るのは難しそうでやったことないんだけど撮りたい、と話すその子に、無責任にも撮ってみてほしいと言ってしまいました。


声をかけてくれたことがすごく嬉しくて、多分あの数分の会話を、私は、コンチクショーと思った時に何度も思い出して踏ん張るんだろうな。


長々と文を書いているのは、すぐにあるロケがめちゃくちゃ不安だからです。

胸が押しつぶされそうです。







生まれてこのかた、めちゃくちゃ怒られてきたな。ピークは小学生、高校の頃も殴られた。最近の人は優しい。優しくされるのに弱い、大好きなんだけど苦手。


え、こんなに世の中の人って優しいんか?と、大学に進学してから(上京してから)思うけど、また東北に戻ってきて、それでもなんでみんな優しいんだ!と、月に2回くらいブチ切れている。


自分が優しくないからなのかなあ😞








宮城県、仙台に住んでもうすぐ4ヶ月。

生きづらさは変わらず、でも、仕事で映像を撮るとき、無意識的に被災者としての自分を前提とするのは無くなった。


震災以前の日常に戻るなんてことはやっぱりなくて、震災後の日常が仙台では営まれている。


常に震災が隣にある職場で震災が語られた途端、自分は幽霊になってしまう。

でも、被災した方と対面して話すと、状況は全く違えど、震災後の日常の意識が似ている。



甚大な被害を受けた、と言われる地域を真正面から向き合うのは、あと何年働けばできるようになるんだろう?

宇宙で好きなように動き回れる自主映画はやっぱ無敵だわ、と思いつつも、今の仕事は確実に目の前の人を幸せにするからね、と誓って働いてる、つもり、


その幸せがすごくすごく難しいなあと悩む

だから、震災からは比較的離れたところに触手が動く


グダグダ言ったけど、仕事もめちゃくちゃにやりたいし、映画もめちゃくちゃに撮りたい