二階堂ふみと逃避行した頃の話

テレビをぼんやり眺めていたら、星野源が「学校に3ヶ月くらい通えなくなって…」と話していて、お揃いじゃんと思った。


自分も、上京して2ヶ月くらい経った頃に、大学に通えなくなった。3ヶ月くらい。

しかも特殊で、お昼ご飯は大学の友達と食べて、クラシックギターのサークルと軽音には行っていたのだが、講義とゼミは一切行けなくなってしまったのだった。そして、映画もとれなくなってしまった。


うつ病睡眠障害と診断されて、薬と親と友達の助けを借りながら、なんとか生きていた気がする。



1年生の頃だけゼミはランダムで割り当てられ、わたしは被災地取材も度々行なっている教授のゼミに配属され、ロフト系列のトークライブハウスについて1年間研究することになったのだが…研究の一環でなぜか1年生ではわたしだけ、トークライブに出演することになった。震災を学生が伝えること、というテーマで、高校生の頃に作ったドキュメンタリーを上映、その後にティーチインといか流れ。


わたしのほかにも4.5名くらいの大学生が被災地を取材したドキュメンタリーを上映したのだが、もちろん当事者であるのはわたしだけで、ティーチインでの質問はほぼすべて私に対するものだった。


その他にも、度々被災者でいなければならない場面が多々あり、何者でもなくなれると思っていた東京でもまたこの役割を背負うのかと絶望してしまった。

それから、心の調子は狂って、睡眠障害も発症してしまった。





さらに遡って、高校生の頃。

震災があって普通でなくなってしまったわたしは、「普通でいられなくなった」と避難所の隅で号泣したことがある。

なんとなーく、頭の中で敷いていた"ふつうで、それなりに幸せな"レールがぶっ壊された感覚だった。


学校も一度は転校したが、ズル休みをしたり、母親公認で学校をサボってライブに行ったり、仙台や東京に親にも内緒で行ったりして、あまり通わなかった。


新しい制服が準備されず、運悪く転校先の高校はブレザーだったので、ひとりだけセーラー服でかなり目立ってしまっていた気がする。


唯一の居場所は放送部で、ドキュメンタリーもつくっていたのだが、撮影中に過呼吸になって救急車で運ばれて、親にもう限界かもとこぼした。そして、それから1週間とかで前の高校に戻ったが、他校の教室を間借りした分校制度になっていて、これまた普通ではなくなった。


意味がわからないが、本校のクラスは1〜4組なのに、わたしたちだけF組で謎だった。


さらにマスコミの取材の対応も行う。

平日は片道2時間半かけて学校に通い、

土日は片道4時間かけて部活に通う。


あきらかに「普通」ではない。

幸せでもない。



そんな時に出会ったのが園子温の映画「ヒミズ」だった。

原作は未読だが、大幅に改変された映画版の染谷将太演じる住田くんはまさに自分のようで、普通サイコー!と叫ぶほど普通を切願していたのに、震災やある事件が起こり普通でなくなり、挙げ句の果てには犯罪を犯し、もう死んだと同じと言わんばかりに間違った方向に暴走しまくるのだが、

いつも傍らで見つめていた二階堂ふみ演じる茶沢さんとの愛に気がつき、ふたりは寝転びながら、罪を償ったあとの将来の話をする。子供をつくろうとか、ふつうの将来の話を。


住田、がんばれー!!!!


と叫びながら、ふたりがとにかく走るラストシーンを見て、わけもわからず、でも涙が止まらなくなって。


それから心がやばくなったときにはヒミズを見て、わたしがんばれ、わたしは大丈夫、となんとか奮い立ってきた。





そんなこんなを乗り越えたと思えば、憧れた東京でもふつうではいられない、なにかオピニオンがなくてはならない。


大学がめちゃくちゃリベラルだったから、みんな好意でいろんな話をしてくれる。デモを一緒に観に行こうとか、福島の講話を聞きに行こうとか。ほっといてくれと思った。

映画も撮れない。カメラを家族に向けても、やめてよ!と拒絶されるし、たしかに、説得するほどの撮る理由や思いが、その頃のわたしにはなかった。



その頃、お昼ご飯を大学やその近辺で友達と食べて、そのあとは新宿や渋谷の映画館で映画を見て、また夕方ごろにサークルとかがあれば大学に戻ったりする生活をしていた。

(おかげで、単位の取得具合は留年レベルだった)



そんなときに、なんの前意識なく観たのが深田晃司の「ほとりの朔子」だ。

平日のイメージフォーラムはガラガラで、お客さんはわたしを入れて3人くらいだった。


二階堂ふみ演じる浪人生の朔子が、木更津のおばの家に一夏滞在する。それだけの話だ。


木更津で朔子と出会うのは、太賀演じる高校生のタカシ。タカシは不登校で、福島から避難してきたという設定だった。


タカシは朔子に恋心を抱く。


特に泣くシーンもないけれど、完全にわたしはタカシと自分を重ねていた。


物語の終盤、タカシは反原発集会でひとこと話してくれないか、と持ちかけられ、実際に集会で皆の前に立つのだが、途中で逃げ出してしまう。


そして、朔子と落ち合い、一晩逃避行する。


終盤は嗚咽が止まらないほど泣いた。

いま、自分は逃げてもいいんだと、NOと言ってもいいのだと、肯定してもらえたような気がした。


映画の中の二階堂ふみは、いつもわたしをどん底から這い上がらせてくれた。



その映画を観てから、自分も映画を撮りたいと思えるようになり、勉強もしたいと思い授業にも出られるようになり、睡眠障害もそのうち治り、教授やその周辺の人たちにはNOと言い、逃げられるようになった。



そして、映画を通してなんとか自分に興味を向けて、自分と向き合えるようになったような気がする。



今の新作も、撮らなければ生きられないという領域にようやく来られた気がする。構成はあってないようなもので、セルフドキュメンタリーではないのに、もう、ただのわたしだ。わたしと、わたしの大好きな音楽と、その音楽が再生してくれる街の話だ。


がんばろう。すごい映画にならないとダメな映画だと、今はようやく思えるようになった。






🐈

映画をつくるのに「在る」こと「在った」こと、「なくなる」ことについて考える。

家の消失から動き出した映画が、現実がぐるぐると変化して、映画にそのまま反映されて、今まで言語化できなかったテーマが、かなり腑に落ちる言葉にたどり着けたような気がする。あとはそれに沿っていけばきっとできるのだけれど、わたしをもっと削らないと、「良い映画」になることはできない気がして、あー苦しいと思いながらも自分のことを考えてみている。

ドキュメンタリーは、こんなふうに自分も思いがけない場所まで連れて行ってくれる手法だと思う。つらいけどやめられない。

🙈

金曜日


バタバタと編集室にこもっては色んな作業をこなす。

送別会のことを割と背負うことになり、後輩と二人で狭い部屋で違うパソコンとにらめっこしながらなんとかことなきを得た。


いなくなってしまう先輩とは好きな音楽が割とかぶっていたので、先輩の番組でかかった曲や、カラオケで歌った曲、好きだと話していた曲をつめこんだプレイリストをBGMに流した。


VTRはメッセージビデオを数本繋げただけのシンプルなもので、ちょっといい手紙も読んで、いい会になった気がする。


遠く離れた人からもらうメッセージビデオって、未来っぽくて好きだな。しかも、あたたかい気持ちになれる。

歓送迎会のもろもろの準備で体力そがれるのは全く好きじゃないんだけど…主賓が喜んでくれてたらいいな。


そのあと、結局朝までコースだった。でも、カラオケも各々の好きな歌を勝手に歌う会だったからたのしかった。途中で眠くなってしまって、でもなんかやろうと思ってマラカスを膝にぼんぼん当てて音をならしていたのか、アザができていた……(わたしは途中で寝ちゃいました)


電気のシャングリラいれて、あ、違うかもってなってチャットモンチーのシャングリラを入れて、結局どっちも歌った気がする。


土曜日

仕事

遅めに起きて、ロケに行く。

お年寄りがたくさんいる現場ってたのしい。

岩手だったから、会社に戻ったのは24時前とかで眠くなった。


変なGIFを撮って恋人に送ったら、褒めてくれた。甘やかされていて、どうしよう。そのあと、ある曲の話をされて、歌詞がほんとうに自分たちすぎて背筋が一瞬ぞっとするほどだった。

こういう素敵なことをいつもいつも与えてくれる恋人が大好きだ。その存在が、疲れとか不安とかを溶かしてくれて、本当に不思議なものだなあ。




🥺

雑な日記


火曜日


なんと25歳になりました!

はじめて、誕生日を好きな人に忘れられていたが許そう!!(でも、誕生日おめでとうと言ってくれた!!)


13日未明には、ペルセウス座流星群が見頃、と書いてあり、窓を開けて見たけどあんまり見えなかった。


自分がおそらくロマンチストなのは、誕生日に2.3年ごとに流星群が見れてしまったり、そういうこともあるのだとおもう。

実際、流れ星にはいろんな思い出があって(恋愛もあるしそれ以外もある)、少し得した気分だ



お昼に職場のみんなでランチを食べに行って、しょうもない話をしてたらケーキが出てきた!こういうのはじめてなんですけど…(友達も恋人もこういうことあまりしない)素直に照れ臭いけど嬉しかったな。


みんなでわけっこしてたべた。

あとは普通に仕事真面目にしていました。



夜、好きな人から手紙が来た。

それが最高すぎて、文章そのものの良さはもちろん改めて好きだ!となったし、まだ出会って4ヶ月とは思えないほどに、たくさんの思い出が詰まっていて、なんというか、この人と"いっしょに"すごしていたんだな、という気持ちになれて、とてもとても、嬉しかった。


家に帰って、衝動的に返事を書いた。


何度も何度も手紙を読み返した。

読むたびに、文章からこぼれた出来事がたくさん想起されて、この人と一緒にいれてよかったと、何度も思えた。



好きな人のことは大切で、その人のために生きていきたい(それは自分を大切にすることでもあるから)とも思えるが、会えなくても今いっしょにすごしているという感覚になれるのは、最強じゃん。



水曜日

なんと、5時半起きで仕事。無事に起床。

ロケに行くが、ほっぺがめちゃくちゃ腫れている。


撮影は割とスムーズに終え、ほっぺが腫れてるのがバレないように仕事を終えられた。


しかし、職場に戻ったら少し走るだけでも痛い…歯医者さんに行ってレントゲンや電流、歯肉炎の検査などしたけどどれもよくわからず。

切開して膿をとることにしたけど、麻酔が炎症で効かず、悶絶するくらい痛かった……。

歯医者さん、看護婦さんに可哀相といわれ、肩をなでなでしてもらった。けど、両目からポロポロ涙が出てて、あー結構痛かったんだな…と思った。


ほっぺが腫れてるからってマスクをもらって家に帰ったけど、この日はほっぺがずっといたくて寝たり起きたり繰り返した。



木曜日

大学時代の軽音の先輩が仙台に来ていたので、夜に牛タンをいっしょに食べた。

先輩は、わたしといっしょにスリーピースバンド「モテないバンド(女版)」を組まされた先輩なのだが、この日は彼氏と旅行に来ていた。


前日まで先輩のおばあちゃんのおうちにいて、そのついでに仙台にも来たらしい。


昨晩食べた居酒屋の漬物がめちゃくちゃくさかったという話がすごく面白かった。



彼氏とは初めてあったが、穏やかないい人だった。二人で同棲しているので、間取りをめちゃくちゃ聞いた(人の家の間取り聞くの大好き)


彼氏と二人きりになる時間があって、そのときに「結婚しようと思っていて…」と話していて、思わずニコニコになった。


別に、結婚が幸せの最高潮だとは思わないけど、新しい人生みたいなのがはじまる予感はやはりドキドキするし、いいなあと思う。



ふと思いかえすと、これまで結婚に対してまったく無頓着だった。

自分が他者の人生に組み込まれていく感覚が、家族でさえ変な感じがしていたからだ。自分への興味のなさというのは、ここまで来てたか。


人生赤ちゃんみたいな自分ですが、みなさま、何卒、よろしくお願いいたします。

🥡

更新を結構忘れていました


金曜日


お仕事。

同期が一人異動になり、今日が最後の仕事だった。

生中継だったので、副調で後ろからのぞいていようと思ったけど、卓に座るのは別のディレクターだったのでやめた。


夜に新幹線で東京に行った。部屋に着いたのは23時過ぎだった。


土曜日


大学の後輩の家まで、バスで10分くらい。まだ顔ができてない!と連絡があったので、家まで行った。


ふたりでぐだぐだと話し、そのまま喫茶店でお昼を食べながら話した。

写真に映っているカレーがおいしそうだった、カツカレーはカレーライスの上にちょこんとカツが乗っていて、あ、これなら食べられるかも…と思って注文したら、なんとかカレーでびしょびしょだった…


でも、食べたら、食べることができた!!


後輩といろんな話をして、楽しかった。毎日遊んでいる友達がいるらしく、それは素晴らしいことだと思った。


これから青森に帰省するようなので駅までいっしょに歩いた。お互いにApple Musicのプレイリストを教えあったりした。


東中野に行き、『主戦場』を見る。小原さんと庄司さんがいて、小原さんにムーラボ の件を聞かれた。楽しみにしてるよ、と。


主戦場は……あいちの件とかで8割くらい客が入っていて、最後に拍手も起こったんだけど、どうでしょうか??

かなり薄味のマイケルムーアがちょびっと入っていて笑ったけど…そして監督の意見にはほぼほぼ同意だけれども、これに拍手をするのはどうなの??



そのあと一人で喫茶店でアイスティーを飲んでいたら眠くなった。


夜に少し散歩をした。



日曜日


好きな人と午後から遊ぶので、午前中に作業をぽちぽちしていた。


午後に駅で待ち合わせしてたのだけど、色々あって徒歩でやってきて、汗だくになってて大変そうだった。着ていたTシャツが可愛かったけど、かわいいね、と言いそびれた。


家に行ったら、ごろごろしたり動画見たり、昼寝したり、の繰り返し。最高……。


夜になって、お散歩することになった。なんと、笹塚で暴走族と遭遇。さすがにすごく笑った。


そのまま代々木上原まで散歩した。

途中、誰もいない住宅街を歩いていたら、向こう側にたくさん赤いライト(飛行機避けのライト?)を見下ろすような坂を下る時があって、すごく綺麗だった。


別になんでもないんだけど、その道を一緒に歩いたことは、割と鮮明に焼き付いてて、なにもないのに、すごく幸せだと思えた。


駅の近くの居酒屋さんでやきとりとか野菜を食べながら、少しお酒を飲んだ。

居酒屋でもずーっと喋っていてずっと笑っていたし、帰りも酔っ払いながらいっしょに散歩して帰って、ほんとに楽しかった。


新宿のおさんぽスポットが被っていて衝撃を受けた。あのスポットは、わたしくらいしか散歩していないはずなのですが…。


家に帰って、また動画をたくさん見て笑って、気がついたら3時とかで、あっという間すぎて驚いた。


月曜日


夜まで好きな人といっしょにいられて本当に嬉しかった。


驚くことに、朝起きて、好きな人が横にいて、目があうだけで本当に幸せだ。

好きな人も、私のことを好きだという気持ちがすごく伝わってくるからだ。


本当に、困ってしまう。こんな感覚、みなさん味わって生きて

きたんでしょうか?わたしは味わったことないよ。





🦝

木曜日


聞いてください。

駅から職場まであと5分くらいのところでゲリラ豪雨に襲われて服着たままシャワー浴びた人の状態で出勤しました。


早急にやらなきゃいけない仕事があったから、バスタオルにくるまって濡れまま仕事してたんだけど途中から寒すぎて、シャワールームに飛び込んだ。


自分の上に雨雲くっついてるくらいに雨女だ。


なんだかんだ、深夜まで仕事がかかりそうだったので、夜ご飯を冷麺大好きクラブの3人で食べに行った。韓国料理屋の冷麺。酢が効きすぎて、むせているメンバーもいた。


運命を作り出せ、という話をした。

1人が、毎日同じ人を見かけて、その人がかっこいいし運命だと行っていたのだけど、どうやらまだ3回しか見ていないみたいなので、運命じゃないのでは??ということになった。しかし、運命を作り出せばいいじゃん!ってなって、運命の作り方を話し合った。


職場に戻って仕事して、夜中までみんな残ってたから立ち話したり、過去の番組みたり批評会などして、疲れたからお先に失礼した。


帰っている途中に、大学の後輩から電話したいです、と連絡があったので電話した。


めちゃくちゃ鬱で死にそうだって話だが、いろいろあって、わたしと自分を比べて、わたしが幸せそうで、自分はこんなんで…辛い…ってなってしまったらしい。でも勝手に比べて、勝手にこんなこと思ってるのー!と言われた。

後輩は酔っ払ってたから、何度かバグを起こしていたんだけど…

ああ、みらんさんに全部話しちゃってる…と途中で落ち込んでたんだけど、うまい返しができなかった。

わたしにそういうことまで話してくれるのうれしいよ、と伝えたんだけど、

よく考えてみると、彼女の電話の選択肢にわたしがいて、会いたいとか甘えてくれたり、心のうちの恥ずかしいところまで話してくれて、うれしい。


なんというか、わたしも死にたくなる時はたまーにあるし、ドキュメンタリー撮るのは辛い(けどやってしまうというのが辛い)、それに、好きな人とのことだって、距離が遠いし、不安なこともないことはない。

ただ、しあわせと認めざるを得ないのは、周りの人たちがわたしの中に素敵な感情を生み出してくれているからで。

そのなかには彼女もいるのだけどな。




友達に、運命と呪縛の話をする。そしたら「寝ても覚めてもみたいだね」と言われ、マジだ…ってなった。


🐶

絵文字もタイトルにできることを知り、積極的に使っていきます!


東京で宇宙一好きなバンド?HASAMI  groupのライブを観てきたのだけど、素直に、テンションが上がって、笑って、ノリノリになって、泣いてしまったり、最後は笑ったりしてほんとに最高でした。


すごく狭い場所だったしステージの段差はないので途切れ途切れしか見えなかったのだけども。


よくわからないのだけど気分はどんどん高くなっていって、「君の街は」のイントロが流れた途端めちゃくちゃ泣けてきて、意味がわからなかった。ベースラインがやばくて、泣くでしょって感じだった…。


最後の夢の泡立ちの手手手手手チャレンジも素晴らしかったな。



その後にDJ見てたら、みらんちゃん!僕わかる?と声をかけられて1秒でタカオさんだって思い出せた。

タカオさんは、わたしが高校生の頃に園子温監督のイベント準備で知り合って、園子温が好きな映画の人たちの集まりで何度か飲んだりした仲だった。

そのあと、大学生になった頃に、集まりの1人が映画を撮ることになり、一緒に高校生の役をやって廊下を走り回ったりしたのだけど、それ以来連絡は取っていなくて5年ぶり?くらいに話したのだが、すぐにわかった。


知り合ったころに、朝までみんなで好きな映画や音楽の話をして(しかもわたしは制服だったな)、HASAMI groupを教えた。その後頻繁に聞くようになったみたいで、今回観に来たらしい。(そもそもこのイベントの別の回に何度か出演してるらしいので観にいきたいな)


流石に何年も会ってなかったので、いままでの話とか共通の知人の話とかできて楽しかった。


お水をがぶ飲みしたくてライブハウスを出て、散歩の達人を買いにTSUTAYAに行った。そこで好きな人と会って少し話をして、ホッとした。なんでしょうあの変な感じ。


このまま1人で帰るのもなぁと思ってのりおちゃんに連絡したら数分で駆けつけてくれて、一緒に鳥貴族でビールを3杯ずつ飲んだ。


転職の話と、みさかさんとわたしの笹塚の家が徒歩3分くらいしか離れてない話と、いろんな話をして、気分良くなって歩いて家に帰った。



ツイッターや自分の撮った動画を眺めてたら、また胸がいっぱいになり、あの空間にいられたことが本当に嬉しくなった。


あ、今日のこういういろいろな気持ちを忘れたくないなあと思って、日記を書こうと思ったんだけど、うまく文章にできない。うまく文章にできない気持ちというのは、最強だ。