宮城県、仙台に住んでもうすぐ4ヶ月。

生きづらさは変わらず、でも、仕事で映像を撮るとき、無意識的に被災者としての自分を前提とするのは無くなった。


震災以前の日常に戻るなんてことはやっぱりなくて、震災後の日常が仙台では営まれている。


常に震災が隣にある職場で震災が語られた途端、自分は幽霊になってしまう。

でも、被災した方と対面して話すと、状況は全く違えど、震災後の日常の意識が似ている。



甚大な被害を受けた、と言われる地域を真正面から向き合うのは、あと何年働けばできるようになるんだろう?

宇宙で好きなように動き回れる自主映画はやっぱ無敵だわ、と思いつつも、今の仕事は確実に目の前の人を幸せにするからね、と誓って働いてる、つもり、


その幸せがすごくすごく難しいなあと悩む

だから、震災からは比較的離れたところに触手が動く


グダグダ言ったけど、仕事もめちゃくちゃにやりたいし、映画もめちゃくちゃに撮りたい